アフリカとの出会い39
 「速すぎる永遠の別れ」
   

竹田悦子 アフリカンコネクション

 何度ケニアから「訃報」を聞いただろう。今年だけでも、10人くらいの訃報を聞いた。しかも、自分と同じくらいの歳や自分よりも若い、ずっと若い友人だちの訃報。中でも、先月聞いた突然の訃報は、悲しみも大きかった。

 その彼とは、夫の実家のある村を初めて訊ねた日の夜に出会った。

 家族や親戚への紹介が夜も更けて終わった後、懐中電灯を片手に夜道を歩いて送ってくれた。夫の同級生であったマイケル。長身で細身のモデルようなスタイル。イギリス流の流暢な英語を話し、ユーモアに富み、笑顔がとても素敵だった。

 私のケニア人の男性像(キクユ族に関して)は、「封建的」「自尊心が高い」「働き者」「議論好き」なのだが、マイケルはそれに加えて「レディーファースト」「ユーモアのセンス」「思いやりの心」を兼ね備えていた。初めて会ったその日も、暗い部屋のランプの明かりのもとでケニアの歴史、地域を発展させるにはどうしたらいいか、将来の夢など明け方まで話してくれた。あまりにも真摯に語るその姿に、ケニアの将来もこうした人がたくさんいれば心配ないのにと思った。

 ケニアの首都・ナイロビに外国人として滞在していると、「仲良くして、利用して儲けてやろう」という腹黒い人に出会うことも少なくない。そういう人ばかりに会っていると、「ケニア人は自分だけが儲かればいいのか、他の人や国はどうでもいいのか?」と疑いたくもなるのだが、こうしてマイケルのような青年の話を聞いていると安心した。

 彼はナイロビで大学卒業後、会計士の資格を取得し仕事を探していた。優秀で容姿端麗な彼はホテルの財務部で働き始めた。外国人観光客向けのホテルを転々とし、キャリアアップを図っていた。ケニアの大統領選挙のときは、地元に戻って選挙管理委員会のボランティアをするなど、自分の言葉通り「社会に貢献」してきた。

 しかし時を経てお金を多く稼ぐようになった彼の身辺は、騒がしくなっていたようだ。女性問題、麻薬の売買問題、お金が絡んださまざまな問題を抱えるようになっていった。その後私は日本に帰り、彼のことは風の便りに聞く程度になっていた。

 そして彼の訃報を、会わなくなって6年目の今年聞いたのだ。

 うわさによると、政治結社ムギキとよばれる団体に入り、政治活動をしていた最中に警察に捕まり銃で撃たれたという人もいれば、お金を持っていた彼は、麻薬の密売に関わって警察に銃で撃たれたと言う人もいる。うわさはうわさでしかないことも多い。しかし友人から伝わってくる最近の彼は、私がかつて知っていた彼ではなくなっていたようだ。

 家族を持つこともなく、仕事で成功することもなく、社会活動もしたが自分が求めていた結果を出すこともできず、亡くなる直前のマイケルの生活はストレスの塊そのものだったという。彼の家族はその死をナイロビで同居していた友人から知らされて初めて知ったそうだが、国営テレビのニュースでは、

 “two unidentified gang members were shot by police in Nairobi”(ナイロビでは、身元未確認の悪党団2人が警察によって射殺)

 という見出しで流れていた。

 私が出合った頃、彼の未来は前途洋々にみえた。しかし、その才能を開花させられず、その夢を実現することなく終わらせてしまうのは彼だけではない。ケニアと日本、同じ時代を生きる私たちではあるが、「ケニアは死がとても身近にある」ことを改めて痛感する。社会に希望が持てないケニアでは、あまりにも早すぎる別れが今後も続くのだろう。

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